上野の東京国立博物館で、名物裂(めいぶつぎれ)の展示をみてきました。
大切に伝えられてきた布の文様や織りの美しいこと!
今では、格式ある古い布のイメージですが、当時は、ピカピカの舶来のとても珍しい布だったはず。
手織りの手がこんだ貴重なもので、入手できる人も限られていたでしょうが、紋様に蒐集家の名前がつけられていたり、裂帳もつくられていたりします。
名物裂コレクションが流行していたのでしょうか?
調べてまとめてみました。
そもそも名物裂とは何?
名物裂(めいぶつぎれ)とは、主に茶の湯の世界で重んじられてきた由緒ある裂地のことです。
「裂」ですから小さい布切れのこと、つまり素材をさします。
もともとは中国などから渡来した織物が中心で、日本では茶器の仕覆(しふく、茶道具をいれる袋)や掛軸の表装などに用いられました。
名物裂には、金襴、緞子、錦、間道など、さまざまな文様や織り方があります。キラキラ華やかなものから落ち着いた渋味を見せるものまで、幅広いデザインがあります。
主に異国からもたらされた希少性もあり、単なる素材でありながら美術品のように鑑賞され、収集の対象にもなりました。
茶の湯が生んだ名物裂の収集熱
名物裂がコレクションされたのは、茶の湯が文化として成熟していく中世末から近世にかけてのことです。室町後期から安土桃山、そして江戸前期あたりでしょうか。 1500年前後からのイメージです。
とくに、茶道具の取り合わせや由緒を重んじる価値観が強まるにつれて、裂地そのものにも目が向けられるようになりました。もともとは道具を引き立てるための素材だった名物裂が、次第に鑑賞と収集の対象へと変わっていったのです。
この背景には、茶の湯そのものの広がりがあります。
茶道具の取り合わせや由緒が重んじられるようになるにつれ、元々は茶道具を引き立てるための素材だった名物裂も鑑賞、収集の対象となります。
茶会では、器物だけでなく、それを包む仕覆や表装の裂まで含めて趣向が競われました。そのため、珍しく美しい裂を手に入れることは、茶人としての教養や審美眼を示すことにもつながりました。
さらに舶来品であるがゆえの名物裂の希少性は、そのまま価値につながりました。
名物裂コレクションの担い手たち
名物裂を集めたのは、茶人、大名、豪商、そして由緒を重んじる文化人たちでした。
茶の湯の世界では、千利休や古田織部のような茶人たちが、裂を含む道具の取り合わせの美を重んじました。
茶会では、茶器そのものだけでなく、それを包む仕覆や、掛軸を仕立てる表装の裂まで含めて趣向が問われました。そのため、裂の種類や由来を知り、道具にふさわしく選べることは、茶人にとって大切な教養だったのです 。
代表的な収集層としては、大名家や豪商も挙げられます。とくに加賀藩前田家の前田利常は有名なコレクターです。前田家は17世紀に名物裂の名高い伝来品を大量に収集し、今日でも質量ともに重要なコレクションとして知られています 。(石川県立美術館の解説による)
名物裂の名高い伝来を多く持ち、今日でも質量ともに重要なコレクションとして知られています 。こうした大名家の収集は、権威の象徴であると同時に、美意識の高さを示す行為でもありました 。
さらに、後世には草間直方のように、名物裂を研究対象として整理・収集・記録した人物も現れました。
名物裂の名前には、由緒を示すものも多くあります。たとえば角倉金襴は角倉家に由来するとされ、有栖川錦は有栖川家ゆかりの名を持つ裂として知られています 。このように、裂の名称そのものが所有者や伝来の歴史を物語っており、収集する人々は布の美しさだけでなく、その「名」や「来歴」にも魅せられていました 。
文様、織
名物裂コレクションの見どころは、まず文様の多彩さにあります。唐草や花文、幾何学文、縞模様など、裂ごとにまったく異なる表情があり、同じ名物裂でも華やかさや落ち着き、異国情緒の強さがそれぞれ異なります。小さな裂片でありながら、ひとつひとつに強い個性があるのが魅力です。
次に注目したいのは、織りや素材の違いです。金糸を使った華麗な金襴、しっとりとした質感の緞子、文様のリズムが美しい錦、縞の趣が際立つ間道など、種類によって見え方が大きく変わります。見比べていくと、色彩や光沢だけでなく、当時の技術や美意識までも感じ取ることができます。
小さな布に宿る国際交流
名物裂の魅力は、その美しさだけでなく、一枚の布の中に国際交流の歴史が凝縮されている点にもあります。中国や東南アジアをはじめとする異国からもたらされた織物は、日本に伝わることで茶の湯の美意識と結びつき、まったく新しい価値を持つようになりました。遠い土地で織られた布が、日本の茶室のなかで再解釈され、さらに長い年月を経て大切に守られてきたことを思うと、名物裂はまさに文化の旅を体現する存在だといえます。
